雲仙とは~長州藩の反乱軍リーダーと脱退騒動


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 明治2年7月25日に版籍奉還となります。
 この時、長州藩では、第2次長州征伐の際に占領していた石見国の浜田と豊前国の小倉を朝廷に返納します。
 そして、11月25日、山口藩知事・毛利元徳は、収入減に伴う藩政改革として、奇兵隊を含む長州諸隊5000余名を、御親兵4大隊2250人に縮小し、約3000名を解雇すると言う、いわゆる「リストラ」を断行します。
 ただし、武士として身分のある者は、長州藩の正規軍に再編されましたが、農民・町民出身でそれまで長州の為に戦ってきた諸隊士は失職することになりました。

 NHK大河ドラマ「花燃ゆ」では、この諸隊士のリーダー格として、浜田学さんが演じる雲仙なる人物が登場し、藩知事・毛利元徳に嘆願したりします。

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 百姓や町人は使い捨てのような解雇を受け、退職金に相当する功労金なども一切支給はされなかったと言います。

 この一連の騒動の中で、京都伏見では、9月4日に大村益次郎が同じ元長州藩士に襲撃されて、その時の傷により11月1日死去しています。

 11月30日、長島義輔ら旧奇兵隊士の一部と、振武隊・藤山佐熊、鋭武隊・富永有隣ら旧諸隊士1200人が「脱隊騒動」を起こし、明治3年1月13日に大森県浜田裁判所を襲撃します。
 よって、大河ドラマが史実に基づいて作られれば、富永有隣が再びここで登場するはずです。

 1月24日には山口藩議事館(山口藩庁)を包囲して、旧干城隊を撃破すると、農民も合流し1800人規模の反乱軍となり、解雇の撤回を要求しました。

 この脱退騒動により、長州出身者の明治政府内で発言力低下を恐れた木戸孝允(桂小五郎)は、第四大隊250名・大阪兵学寮80名・上関と宇部の援軍100余名などを政府から派遣し、高杉晋作の父・高杉小忠太ら長州藩常備兵300名と合流して、政府の討伐軍800名を組織し、直接指揮をとりました。
 小郡の柳井田関門と、三田尻(防府)では激戦となりましたが、木戸孝允が反乱軍を鎮圧。

 農商出身者1300名は帰郷が許され、功労者と認められた600名には扶持米1人半が支給されましたが、長島義輔ら84名が斬首、切腹9名、水牢舎2名、牢舎33名、遠島41名、謹慎45名と言う有り様でした。

 なお、大村益次郎暗殺と脱退騒動の首謀者とみられた大楽源太郎は、山口より逃亡し翌年に逃走先の久留米にて惨殺されました。

 この時、反乱軍を説得できなかったと、楫取素彦は責任を感じて、政務の職を辞している。

 また、かつて干城隊頭取として諸隊と共に戦った、参議・前原一誠は、この諸隊討伐に大反対し、木戸孝允と対立したため、兵部大輔(現在の防衛省副大臣に相当)の要職を辞職して下野。
 山縣有朋に追われるように萩へ帰郷するると、明治9年に「萩の乱」を起こします。
 そして、萩の乱では、責任を感じた玉木文之進が切腹もしています。

木戸孝允の生涯に関してはこちら
毛利元徳 (毛利広封、毛利定広) 長州藩最後の藩主
正室である銀姫の生涯
男・興丸(毛利元昭)~杉文(久坂美和)が守役となった長州藩主の子
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富永有隣のその後は?
前原一誠の詳細に関してはこちら
玉木文之進もあります

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