広岡信五郎とは? あさが来た今井あさの夫【白岡新次郎】のモデル


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 2015年9月から NHKテレビ 朝の連続ドラマ小説 (大阪放送局制作)の「あさが来た」にて、ヒロインの夫である白岡新次郎(玉木宏さん)のモデル・広岡信五郎

 広岡信五郎(1841年~1904年)は大阪でも大きな両替商・加島屋第8代当主・加島屋久右衛門正饒(白岡正吉)の次男です。

 ここでお断りしておきますが、()の中の名前は、ドラマにて使われている名称となっております。

 さて、広岡信五郎(白岡新次郎)は次男であった為、どうも?分家の養子に出されていたようです。
 その分家の広岡信五郎(白岡新次郎)に、8歳年下の三井浅子(今井あさ/白岡あさ)が嫁いだ訳です。

 「あさが来た」では、白岡新次郎(玉木宏さん)に、今井あさ(波留さん)が嫁ぐと言う事になります。

 しかし、長男が早世したため、加島屋(ドラマでは加野屋)は、広岡信五郎の弟・広岡正秋(広岡久右衛門正秋)が継ぐのです。
 ただ、広岡正秋(広岡久右衛門正秋)はまだ若かったため、明治維新の荒波の中を、広岡浅子(白岡あさ)が加島屋を盛り立てて奮闘すると言うのが史実ですが、ドラマではこのあたり、現時点でこの弟の配役が発表されていません。
 そのため、弟・広岡正秋(広岡久右衛門正秋)の存在は「ナシ?」なのか、もしくは、後日ビックな俳優さんが追加発表されるのか、まだ不明です。
 →その後、広岡正秋(広岡久右衛門正秋)はドラマでは「白岡榮三郎」と言う名であり、幼少期の役として吉田八起さんが、成長後は桐山照史さんが演じることが分かりました。

 幕末には266もの藩があったと言います。
 加島屋はそのなかの約100藩に貸付をしており、年貢米や特産品などを担保にした融資である「大名貸し」は、総額900万両(現在の4500億円相当)であったと言います。

 ちなみに、1867年には新選組近藤勇土方歳三にも400両融資したと言う借金の証文があります。

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 しかし、明治維新を迎え事で、事実上、藩が消滅し、多額の貸付金が戻って来なくなります。
 その時、京都の三井一族から加島屋の分家に嫁いだ広岡浅子(白岡あさ)が、貸付金の回収を指揮することで、なんとか加島屋の倒産は防げましたが、大阪では平野屋、茨木屋、和泉屋など実に40軒もの両替商が倒産しています。

 その中には、広岡浅子の姉・三井はつ(ドラマでは今井はつ/眉山はつ)の嫁ぎ先である、大阪で一番大きい両替商・天王寺屋(ドラマでは山王寺屋)も含まれていたのです。

 なお、この当時の加島屋では、無駄が多かったようです。
 広岡信五郎は毎日のように三味線を習うのも「趣味も人付き合いの仕事のうち」と言い、経営には余り無関心で、銀目廃止で客が店先に殺到すると、病床の父の代わりに、広岡浅子を表に立たせたと言います。
 振興成金である東京の毛利友信に、借金返済延長をお願いする際にも、広岡浅子を向かわせましたが、浅子は立派に務めを果たして帰って来ます。

 なお、広岡浅子が嫁いだ際に、三井家から連れてきた侍女の小藤とは良い仲となり、広岡信五郎は4人の子をもうけています。
 広岡浅子が1人で九州の炭鉱に向かった際にも、小藤を側におきました。
 ただ、これは広岡浅子が旦那様の世話をできないため、そう願ったともされています。

 広岡信五郎はこのような人物だったようですが、一方で、なかなか女性が表だって活躍する事ができなかった時代に、広岡浅子に好きな事をさせたと言う意味で、評価をされてもいます。

 ともあれ、ドラマではどのように描かれるか、非常に楽しみですね。

 (参考) 歴史くらぶ

 →広岡浅子に関してはこちら
 →野々すみ花(美和役)~朝ドラ「あさが来た」の三味線師匠
 →小藤(ドラマではふゆ)に関してはこちら
 →へいさんこと山崎平太郎~3分でわかる中川小十郎の生涯と偉業
 →渋沢栄一とは~日本の実業界・社会福祉・教育などに大きく貢献した偉人
 →成瀬仁蔵の偉業に関してはこちら
 →あさが来た~キャスト一覧/出演者一覧
 →その他「あさが来た」関連カテゴリはこちら

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