三井高喜とあさの弟である三井高景~あさが来たとの関係と三井小石川家


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 三井高喜(みつい-たかよし)は、1823年に、三井嘉菊の8男として京都で生まれた。

 三井小石川家・三井高益の養子となって7代目となり、京都両替店の代表名である三郎助を襲名した。

 NHKのテレビ小説「あさが来た」のヒロイン、今井あさ/三井浅子(広岡浅子)から見ると、26歳離れた義兄となり、浅子の商売の師匠でもあったが、ドラマでは出演が無い模様。

 先見の明があったようで、三井高喜は三井11家を統括する「三井大元方」も務め、幕末には倒幕派へも資金提供を行っている。
 討幕となると、諸藩への貸金回収で苦しんだ際には、三井家の存続に奔走した。

 明治維新となると、三井高福(たかよし)に協力して、明治新政府の軍資金調達などに協力。
 明治9年、三井銀行の創業時には重役となり、明治18年には三井銀行総長に就任した。
 明治27年3月11日死去。72歳。

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 なお、三井高喜の子・三井高景(みつい-たかかげ)は、1850年生まれで幼名を弁蔵と言った。
 朝ドラ「あさが来た」では、あさの弟・今井忠嗣(今井久太郎)のモデルとされる。
 今井あさ/三井浅子(広岡浅子)とは1歳違いで、幼い頃から兄弟のように成長して行ったと言う。

 のちに、三井小石川家の8代目となり、京都両替店の御用名・三郎助を襲名。
 明治5年には、大蔵省の吉田清成に随行して、益田孝ら三井一族5名と一緒に、アメリカにて銀行業務を視察した。

 明治25年、三井鉱山の社長に就任。
 三井港湾の整備にも尽力した。

 明治45年4月6日死去。63歳。

 ページトップ写真の建物は、昭和初期に三井高棟が建てた神奈川県大磯の三井別邸。

 →今井あさ/三井浅子(広岡浅子)に関してはこちら
 →福沢諭吉 幕末期に3度に渡る海外派遣と学問のすすめ・慶應義塾
 →あさが来た~キャスト一覧/出演者一覧

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