井上秀~家政学者として教育に貢献【あさが来た】


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井上秀(いのうえ-ひで)は、明治8年1月6日に、丹波・春日町船城村山田の素封家(そほうか)井上家に生れた。
素封家と言うのは、資産家・大金持ちと言う意味である。

10歳のとき柏原町の郡町村組合立氷上高等小学校に入学。
当時の生徒は男子は50名の中、女子は3名だったと言う。
今井まき子先生から「女に学問はいらないというのは古い考え方です。これからは女子も大いに勉強して国家に尽くす人にならなければいけません」との講義を受け、当時関西でも名高い京都府立第一高女に進学したと言う。
なお、あさが来たの主人公・広岡浅子の娘である広岡かめ子(広岡亀子)が同級生であった。

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20歳で井上家に養子を迎えて結婚し、長女を出産するも、広岡家との縁もあり、成瀬仁蔵や広岡浅子らが尽力しつ創設された、日本女子大学校の一期生として26歳で、家政学部に入学した。
卒業後はアメリカへ留学し、当時、最先端とも言えるアメリカの現状も学び帰国。

その後は、広岡浅子が企画した女性向けの講習会で講師を務めると、アメリカの婦人問題などをテーマとして取り上げ、その参加者にのちに政治家として活躍する市川房枝がいる。

明治43年、母校・日本女子大学校の教授となり、大正11年には日本婦人平和協会理事長。
家政学者として成瀬仁蔵とともに日本の家政学の確立につとめ、生活の向上と福祉に貢献している。

日本女子大の第3代校長・渋沢栄一の後任として、1931年(昭和6年)11月、第4代校長(学長)に井上秀が就任し、戦後の1946年11月まで務めた。

1963年(昭和38年)7月19日死去。享年88歳。

NHK連続テレビ「あさが来た」では、田村宜(たむらのぶ)と言う、あさの娘・千代のルームメイトとして、吉岡里帆さんが演じている。

(参考)丹波新聞

/瀬戸康史さん演じる成澤泉のモデル・成瀬仁蔵~女子教育の先駆者「人として」「婦人として」「国民として」女性を教育
吉本新喜劇の辻本茂雄さんが演じる「ヘイさん」こと山崎平十郎の実在モデル「中川小十郎」とは?
広岡浅子の生涯はこちら
渋沢栄一もあります

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